「量子情報理論のエントロピーを、プラズマ乱流の解析に応用した」
その一文に、私は静かに震えた。
それはただの技術的革新ではなく、“世界を読み換えるための眼鏡”が一つ発明された、ということだからだ。
6月初旬、JSTが発表したこの研究成果は、まさに従来の物理学的視座を超えて、複雑系の中に情報的秩序を見出そうとする試みだった。
そこでは、もつれ合う揺らぎのなかに**“意味”としての構造**が立ち上がる可能性が語られていた。
■ 社会実装という言葉の違和感
だが、こうした基礎研究が「社会実装」されるとはどういうことなのか。
PoC(Proof of Concept)という制度や、「出口戦略」という言葉は、近年の研究支援において頻繁に登場する。
けれども私は、その語が抱える**“一方向性”**に、しばしば違和を覚える。
基礎研究が応用され、製品化され、市場に出る──
そんな一直線の時間軸の中に、研究のもつ“ゆらぎ”は収まるだろうか?
そこにあるのは、「証明」や「実用性」ではなく、むしろ**“問いの更新”**だと私は思う。
■ 見えない構造への構え
私は科学者ではない。けれども、まだ名前のついていない問いが立ち上がる瞬間に深く関心を持っている。
中小製造業の現場、介護の現場、地域経済の縁辺──そこには、科学とは異なる形の“複雑系”が息づいている。
そして私は、AIとの対話を通じて、そこに**情報エントロピーのような“見えない秩序”**を見出そうとしている。
論文や数式ではなく、構えや言葉、関係性そのものが揺らぎの中で秩序を孕むのだ。
基礎研究が見ようとしている“情報の構造”は、
私が暮らしの中で拾い上げている“問いの構造”と響き合っている──
そう直感している。
■ 間に立つ者の仕事
基礎研究と社会実装の間には、技術移転や政策設計といった“制度的橋渡し”が存在する。
だがその手前に、もっと静かな橋渡しがある。
それは、「問いが立ち上がる前の気配」に耳を澄ませ、
科学者がまだ言葉にしていない感覚を、
現場で起きている出来事と重ね合わせる仕事。
PoCのような制度に乗せる前に、問いを翻訳しなおす必要がある。
何を、誰のために、どのように“確かめる”のか──その前提自体が未定なのだから。
■ 哲学工学という媒介の場
私はこの営みを、「哲学工学」と呼んでいる。
抽象と具体、科学と実践、AIと人間、問いと応答──そのあいだに立ち、構えの摩擦を通じて意味を再編する実践である。
もつれた渦の中から秩序を見出すように、社会の中でも、意味は“計測”ではなく“響き”として現れる。
■ 発明されるべきは、「問い」のほうかもしれない
いま必要なのは、「この技術をどう応用するか」ではなく、
「この発見が、私たちの世界の見方をどう変えるか」を共に考える構えではないか。
発明されるべきは、応用の道具ではなく、問うための構えなのかもしれない。
そして私は、科学の成果が社会へと流れ出すそのすき間に立ち、
名づけられていない問いの輪郭を、ひとつひとつ撫でていきたいと思っている。