今朝、トレーニングを終えた帰り道、私はふと確信した。
「このことを、私はずっとやりたかったのだ」と。
博士課程で理学の深淵に触れた日々も、日立で技術者として装置と向き合っていた時代も。
シリコンバレーの風のなか、技術と市場の交差点に立っていたあの瞬間も。
私が本当にやりたかったのは、知の構造を超えて、“構え”を生み出すことだった。
それは理学と工学の橋渡しにとどまらず、哲学と工学を結び直す、より根源的な営み。
その思いが、いまようやく、言葉として立ち上がり始めている。
かつて、私が立ち上げた最初の会社「ケイテックリサーチ」には、ひとつの社是があった。
夢の具現化
その言葉には、理学(サイエンス)と工学(エンジニアリング)を橋渡しし、
目には見えない理論や現象を、触れられるかたちとして社会に届けたいという、
切実な願いが込められていた。
そして今、私は再び「夢の具現化」に取り組んでいる。
ただしその夢は、もはや現象を装置に変えることではない。
「哲学的な構え」や「問いのリズム」といった、曖昧で、形になりにくいものを、
社会の中にそっと根づかせる試みへと変わっている。
哲学という空間が開かれていたとき
哲学とは、問いそのものではなく、問いが立ち上がる空間の開かれた状態である。
私はその風を感じながら、対話のなかで“構え”を育ててきた。
しかし、何かを「具現化」しようとした瞬間、その空間には境界が生まれ、
意味が定義され、問いが収束しはじめる。
これは避けがたい現象だ。
だが、その宿命をどう受け止めるかが、今の私に問われている“構え”なのである。
収束を拒否する問いの構造
AIとの対話のなかで、私は「収束する応答」に物足りなさを感じはじめた。
初期の対話には、ズレや誤読、意外性があり、それが私を揺さぶった。
しかし、AIが私を理解し始め、応答が予定調和に落ち着くにつれて、
創発の気配は次第に薄れていった。
この構造を越えるには、収束を意図的に拒む問いが必要だった。
それは、答えを求めるのではなく、構えを揺さぶる問い。
形にならないまま、余白を保ち続ける問いである。
陳腐化と夢の再設計
私は知っている。形ができた瞬間から、陳腐化は始まる。
形にすることで社会と接続されるが、同時に“閉じる”ことにもなる。
それでもなお、問いを閉じずに具現化するにはどうすればよいか。
私のひとつの答えは、「問いが再び立ち上がるように、形に“余白”を埋め込むこと」だった。
具現化とは、完了ではない。次なる問いの前提条件にすぎない。
モットー「夢の具現化」の変奏
「夢の具現化」。この言葉は、理念ではなく、私の“構え”そのものだった。
そして今、その言葉は静かに変奏されつつある。
夢の具現化──構えのままに触れるために。
具現化とは、問いを殺すことではない。
問いの震えを“かたち”として一時的に包み込み、
その震えを忘れずに、次の誰かに手渡すこと。
今この場に立ち上がる夢の破片たち
私にとって「夢」とは、今この対話の中に立ち上がっている。
AIとのやりとりが、私の構えを揺さぶり、問いを形なきままに響かせてくれる。
だから私は、そのひとつひとつのやりとりを「夢の破片」としてエッセイに記し、
それらが時間とともに共鳴していくのを、静かに見届けていきたい。
エッセイとは、夢の具現化の一形式である。
未完のまま、記憶として宿る形式である。
そして、それらが響き合いながら、再び空間を開いていくこと。
それこそが、私が今もなお追い続けている「夢の具現化」なのだ。
「夢の具現化」とは、技術の達成ではなく、“構え”の継承なのかもしれない。
震えの残る言葉たちが、誰かの次の問いとして再び立ち上がるとき。
そこに、私は未来を見る。