2025年、中国で発表された低価格ヒューマノイド「R1」は、市場に鮮烈な印象を与えた。
価格は約87万円。歩行や走行に加え、側転やハンドスプリングまでこなす機動性を持ち、教育・研究用途向けにはAIモジュール搭載版も用意されている。
従来、高額機に限られていた領域へ、手軽に参入できる扉を開いた格好だ。
「十分に良い」汎用品の脅威
スマートフォンの歴史が示すように、汎用品は短期間で性能を高め、「十分に良い」レベルで市場の大半を占めるようになる。
専用機は一部の極限用途を除き、選ばれなくなる。
ロボット分野でも同じ現象が起こる可能性は高い。
汎用品が追いつけない三点セット
こうした流れに対抗するには、単なる性能差ではなく、「環境・規格・体験」の三点セットを構築する必要がある。
- 環境(Environment)
- 極端な温度や放射線、真空、無菌室などの特殊条件
- 医療や防衛など、制度的に参入が制限される分野
- 長年の信頼や慣習に支えられた調達プロセス
- 規格(Standards)
- 国際・業界標準を自ら作り、参入障壁にする
- 品質や信頼性を規格に固定化し、他社が容易に模倣できない枠組みを築く
- 体験(Experience)
- ハードの提供に加え、運用、保守、教育、人材支援を含む総合サービス
- 単に「安い」では置き換えられない伴走型価値
これらは技術だけで成立するものではない。制度、文化、インフラ、サービス設計が一体となって初めて実効性を持つ。
単独戦から連合戦へ
この三点セットを一社で築くことは困難だ。
国際規格の策定や特殊環境での実証には、大企業、官公庁、大学・研究機関との連携が不可欠である。
顧客体験を総合的に設計するには、ソフトウェア開発、保守サービス、人材供給など多様なプレイヤーを巻き込む必要がある。
今後は、地域エコシステムや用途別コンソーシアムの形成など、**複数組織が連携して市場を攻略する「連合戦」**が生存の前提となる。
生き残りの条件
- 極限環境や規格制約が求められる領域に特化
- 制御技術やアルゴリズムを汎用品にも適用できる形で提供
- 周辺機器やサービスを含む垂直統合型の顧客体験を設計
- 標準化活動やエコシステム構築で主導権を握る
R1の登場は、危機であると同時に方向転換の契機でもある。
安価な汎用品が急速に普及する時代、日本のロボティクスが進むべき道は、量産や価格競争ではなく、信頼・持続性・総合価値で選ばれる市場構造を築くことだ。
そのためには、孤立した競争から脱し、連合の力で三点セットを実装することが欠かせない。