「偶然の音楽、必然の朝」

今朝、KDFCから流れてきた音楽たちは、思いがけず私の中に眠っていた“音楽の好奇心”を呼び起こした。ハーティの後期ロマン派の煌めき、シューベルトの《ノットゥルノ》が運ぶ温かさ。そしてフチークの明るい祝祭性。どの曲も、かつて旅したヨーロッパの風景を思い起こさせる。ライン川の眺め、ウィーンの冬の空気──日本の日常から少し離れた場所の記憶が、音を通して鮮やかに蘇った。

なかでもホフマンとの出会いは特別だった。これまで主に耳を傾けてきたのはモーツァルトとハイドン。だがその“間”に息づく名匠の存在が、こんなにも豊かだとは思わなかった。軽快さと華やかさ、そして薄いヴェールのように漂う重厚さ。大げさでなく、それらが自然に溶け合っている。音楽史の隙間にある光のような音だ。

「偶然に出会った音楽が、気づけば自分を育てている。」
そんな実感が確かにある。文化の中心地から遠く離れた日本の朝。だが音楽は距離を軽々と越え、今日も新しい扉を開けてくれた。私はまたひとつ、世界を愛する理由を見つけたのだ。


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