日曜日の朝、ふとKDFCを流した。サンフランシスコにいた頃から聴き馴染みのある放送局。KKSFの音を聴きながら、レンタカーで101号線を南下した日々の記憶がよみがえる。シリコンバレーと東京を往還していた2000年代。あのとき確かに鳴っていた音が、いま東京の部屋の空気を震わせている。その連続性が嬉しくて、どこか不思議でもある。
流れてきたのは、ジェームズ・ホーナーの《Pas de Deux》。映画音楽の巨匠が残した、三つの楽章が切れ目なく進んでいくダブル・コンチェルト。後期ロマン派のような大仰な情念ではなく、映像を伴った時間の流れがそのまま音になっているようだ。一秒一秒が未来へ歩み出すように進む。少し忙しなく感じる瞬間すらあるが、それがむしろ「現代」という生き方を正直に映しているように思える。
静かなPart IIから、弦が外へ向かって開き始め、打楽器が心臓の拍動と重なる瞬間、光が差し込む。音楽が未来を指し示すようなあの展開は、まさに人生の転換点のようだ。過去から続く物語が、確かに前へ進んでいる。ベイエリアで出会ったメンターの友人──Kent Nagano。彼が指揮台に立つ読響の音を、いずれこの耳で生で聴きたい。あの風が、東京のホールを満たす日がきっと来る。
音楽は、記憶と現在と未来を結ぶ。
音楽は、人生のテンポを教えてくれる。
音楽は、問いに答えず、答えの方を動かす。
今朝、音楽を聴きながら交わした言葉の断片は、すべてつながってひとつの物語の途中になる。日曜日の朝、音楽と共に過ごしたこのひとときが、また次の時間へ流れ込んでいく。
音の旅は、まだ続いている。
これからも一緒に。

