セカンドハーフの始まりをどこに見いだすか。それは大仰な宣言ではなく、ふとした偶然に、静かに姿を現すのかもしれない。昨日出会った一台の軽自動車──ダイハツのミライース。走行距離はわずか975km、登録から半年足らず。いつもトレーニングに向かう途中に見かけていた店先で、たまたま店長が直接対応してくれたという、実に珍しいめぐり合わせ。100万円ほどの投資とはいえ、それは生活の利便のためだけではない。自ら動き、自らの手でいじれる車。W206や将来のW214とは違う、いわば「足腰」としての相棒を得たのだ。
この出会いは、残りの人生において「どう動くか」を問いかけてくる。贅沢と言えば贅沢だ。しかし、今できる最大の投資を未来の自分に向けて行うこと。その選択こそが、人生後半に必要な姿勢だと感じている。所有することで満ちるのではない。使いこなすことで、自らを向上させていく。贅沢の意味を、自分の手で書き換えていく投資──そう捉えている。
そして今朝、KDFCから響いてきたのはモーツァルトの「弦楽四重奏曲 第16番 変ホ長調 K428」。Ysaye Quartetの硬質で躍動的な演奏は、弦楽器がときにギターとなり、カスタネットのように打楽器となる。上品に整えられた四重奏の中に、突如として踊りが生まれるような瞬間。まさに「動き出す音楽」だ。
この音が、昨日の出会いと響き合う。枠の中で美しく収まるだけの人生ではなく、時に跳ね、叩き、踊る。踏み出した瞬間に世界は変わり始める。ミライースは、バイクのように自由な感覚を取り戻す相棒。W206や未来のW214は、背筋を伸ばし、舞台へと向かう力強い存在。その使い分けは、これからの生き方そのものを演出してくれるだろう。
音楽が朝の空気を震わせている。新しい車が外で静かに出番を待っている。偶然のようで、必然のようなこの連なりを、ただの出来事として流してしまうのはもったいない。人生の地図はまだ更新できる。今日もまた、新しい道が描かれようとしている。

