2025年12月14日、八王子の空はまだ、夜の藍をわずかに残している。朝焼けの気配は、東の空の低い雲に阻まれ、光は控えめだ。窓辺で今しがた耳を離れたショパンの「ピアノソナタ第3番 ロ短調」の残響が、まだ心の中で鳴り続けている。
抑えられた光の中で
雨の朝は、外へ向かうエネルギーが行き場を失って心に澱のように沈んでいく。しかし、今日は雨ではない。光が抑えられたこの夜明けは、むしろ外界の喧騒が差し込むのを防ぐ、自然な濾過装置のようだ。静寂の中で、ショパンのソナタが描く劇的なロ短調の主題と優美なニ長調の主題が、内省的に心に染み込んでくる。
エリック・ルーの演奏で聴くこの曲は、単なる感情の爆発ではない。それは晩年のショパンが到達した、人生という戦いの後の構造的な帰結だ。激しい葛藤を経て、確信に満ちたロ長調のフィナーレへと向かう。その軌跡は、私自身が今立っている人生の後半戦と重なって見える。
変わらないものの力
夜明け前の八王子の街並みは、昨日と同じ平凡な風景だ。しかし、この平凡さこそが、今は違って見える。ソナタの狂気と野生を潜り抜けた後の心には、そこにある神社も、街路樹も、静かな家並みも、不安定な時代を生き抜くための確かな軸として映る。
変わり続ける世界の中で、変わらずにそこにあるもの。それは、人生の激しい楽章を経験した者だけが見出せる、深い安らぎの源泉なのかもしれない。
一回きりの光
このLIVEな夜明けは、過去の経験という破片を今という光で照らし、未来へ向かう一歩を促してくれる。ショパンのソナタの終結が示すように、無常を知りながらも、新しい光へ歩むこと。それが、この朝が教えてくれることだ。
窓の外で、空の藍がゆっくりと薄れ始めている。音楽は終わったが、その余韻の中で、今日という一日が静かに始まろうとしている。

