恩送りを受け継ぐ者として

今朝、ある文章を書いた。傍観者としての立場から、静かなMOVEMENTの必要性について記したものだ。わざと、そのような距離を保った書き方をした。WEB上に公開する以上、直接的すぎる宣言は不要な摩擦を生む。ただ問題を提起し、共感の余地を残す――それで十分だと思った。

実際には、私は傍観者ではない。このMOVEMENTを自ら起こすつもりでいる。ただし、自らが称賛されるためでも、何らかの対価を得るためでもない。ただ、未来を担う若者たちに少しでも良い社会を残したい。そのためにできることを、淡々と行うだけだ。

かつてシリコンバレーで、私は多くの成功者たちと出会った。彼らはインターネット上には全く姿を現さないが、次の世代を個人投資家として静かに育てていた。彼らとの出会い、そして受けた指導――それらはすべて、次の世代への恩送りだったのだと、今ならわかる。

彼らは私に見返りを求めなかった。ただ「いつか、あなたも次の誰かに」という暗黙の契約があった。その信託を、私は今、日本の若い世代に手渡そうとしている。

日本には、この種の静かな循環が乏しい。成功した人は組織内での地位維持に注力するか、制度化された育成プログラムに関わるか、あるいは完全に引退してしまう。個人として、制度の外で、名前も出さずに次世代のエネルギーの流れを作る――そういう動きが、決定的に少ない。

恩送りは、一人が始めれば種になる。私から何かを受け取った若者が、10年後、20年後、また次の誰かに静かに手を差し伸べる。そうやって、日本にも見えない生態系が生まれていくことを、私は信じている。

声高に叫ばず、旗を振らず、ただ必要なことを行う。それが、私がシリコンバレーで学んだ、本当の強さの形だった。

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