技術の世界では、理屈は常に先に立つ。
構想は美しく、言葉は正しく、ビジョンは人を鼓舞する。
だが、産業としての未来を本当に生み出すのは、
理屈ではなく、量産という現実に耐えた知だけである。
半導体産業を見渡すと、最先端という言葉がしばしば前工程に集まる。
しかし実際には、価値の重心はすでに移動している。
ばらつきと不良に晒され、数を作り、壊れ、直し、
それでも回り続けるプロセスの中でしか育たない知――
それが後工程に沈殿している。
試作の速さは重要だ。
だが速さだけでは、産業は続かない。
量産は嘘をつかない。
歩留まり、再現性、供給責任。
それらは、どれほど高尚な理念も、静かにふるいにかける。
日本の半導体産業が本当に失ったのは、
最先端ノードではない。
量産を通して、前工程と後工程を同時に鍛え続ける力である。
かつて日本が強かったのは、
作りながら学び、学びながら直す文化が、現場にあったからだ。
未来を生むために必要なのは、英雄的な物語ではない。
大義名分でもない。
必要なのは、
「この構造は、量産で本当に耐えるのか」
と自らに問い続ける姿勢である。
理屈はいくらでも正当化できる。
しかし、夜ひとりになったとき、
自分の心に耐えられるかどうかは、誤魔化せない。
この問いを失った瞬間、
技術は目的を失い、産業は形だけになる。
日本の再生は、どこかで一気に起きるものではない。
量産の現場で、小さな違和感を拾い、
後工程の痛みを引き受け、
それでも黙って改善を重ねるところから始まる。
未来は、声の大きさからは生まれない。
量産という静かな修羅場に、誠実に向き合う覚悟から生まれる。
その覚悟こそが、次の産業を育てる唯一のガイドラインなのだ。

