年末に、未来の音を置く

サントリーホールでの第九演奏会にて

年末の空気の中で、未来の音を思い描く時間があることに、私は静かな豊かさを感じている。
今年も妻と連れ立ち、東京交響楽団の第九を聴いた。昼食をとり、一年を振り返り、歩いてホールへ向かう。その一連の流れが、いつのまにか年末の身体の所作になりつつある。音楽は一度きりだが、その前後に流れる時間ごと、私たちは聴いているのだと思う。

ノットの最後の第九は、完成や到達というより、ひとつの時代の折り目のように感じられた。そして視線は自然と先へ向かう。若い指揮者がオーケストラと関係を結び、変化が少しずつ音に現れていく、そのプロセスを追って聴く一年。さらにその先には、妻が心から聴きたいと願うショパンが、新年の音として置かれている。

未来は不確かだが、音楽を置いた場所だけは確かに見えている。予定を詰めるのではなく、時間の中に静かな灯を点すように。こうして未来を感じながら過ごす年末は、総括でも反省でもない。これから流れていく時間に、耳を澄ませているだけなのだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です