なぜ、シリコンバレーに人は集まるのか。
若い頃の私も、その磁場に引き寄せられた一人だった。日立製作所時代にLamのエンジニアたちと出会い、VLSIのインド人技術者たちと対話し、「技術者が主語になれる場所」を初めて目の当たりにした。それは仕組みではなかった。人の密度と質が先にあり、磁場は後からついてきた。
相模原市のイベントで出会った若い女性が、静かにこう言った。
「スタートアップが相模原に定着するイメージがわかない。この場所でなければならない必然性がない」
鋭い問いだと思った。そして正直な問いだとも。官と民の両側を経験してきた彼女だからこそ、その言葉には重さがあった。
私は1999年に相模原で起業した。当時、師と呼べるような人間が「少々」いた。少ない場所だった。それでも起業できたのは、シリコンバレーで本物を見ていたから、内側に磁場を持っていたからだ。
Binh氏はSunnyvaleの日本料理屋でこう言った。「君の37年間を知りたくて来たんだ」。そして「我々は車で1時間で訪問できる場所にしか投資しない」とも。
場所の必然性とは、地理や政策で作られるものではない。「ここに住む人間」同士の信頼が先にあり、その蓄積が磁場になる。
彼女の問いへの答えは、私には出せない。ただ、種は蒔いた。あとは縁があれば。
すべきことをしたら、待つ。心穏やかに。
翌日、CoMIRAIスフィアの定例会があった。
哲学者、大学教授、起業家、教育者。毎回、誰かが衝動を持って何かを投げ込んでくる。タイムリーに、安心感とともに。設計されていない。でも衝動がある。そして場に安心感がある。この三つが同時に成立している場は、本当に稀だ。
私はこの場の世話人として器を作っている。しかし中身には手を出さない。
ファシリテーターが「まとめよう」「次のアクションは」と介入した瞬間、衝動は蒸発する。炎に触れた瞬間、踊りは止まる。
焚き火の火の番人は、薪を足し、風を読む。でも炎には触らない。炎が踊り出したら、ただそこにいる。
必然性は設計するものではない。こういう場が積み重なって、後から見えてくるもの。
シリコンバレーもそうだった。CoMIRAIスフィアもそうだ。そして、縁があれば、相模原もそうなるかもしれない。
火の番人は、今日も丘の上から、静かに風を読んでいる。

