動く静寂──サウサリートのヨットと私の音の起点

序章|その音は、風と共にあった

いま、私の耳に流れてくるクラシック音楽── それは、単なるスピーカーからの再生音ではない。 それは、あるひとつの記憶と繋がっている。

サンフランシスコ湾、サウサリート。 メンターが暮らすヨットのリビング。 そこに満ちていたのは、静かな音だった。 しかしその音は、壁に反響するような静寂ではない。 風が撫でる水面の音、わずかな揺れ、木の家具が軋む音、遠くの鳥の声── それらすべてがひとつの“場”となって響いていた。

その空間に流れていた音楽は、記憶の深部に沈み、私の中の“音の起点”となった。


第1章|ヨットという「動く構え」

あのヨットには、すべてがあった。 リビングがあり、キッチンがあり、ベッドルームがあり、シャワールームがある。 そして、いつでも外洋に出ることができるというワクワク感が詰まっていた。

それは、“固定された快適”ではなく、“揺らぎの中の自由”だった。 潮の流れ、風の気配、太陽の角度。 それらに呼応して空間の意味が変わる場所──それが、あのヨットだった。

そこで聴いた音は、まさにその揺らぎの中で“整えられていない”がゆえに、 身体の奥深くに染み込むような静寂だった。


第2章|田口スピーカーという記憶の器

私は今、田口スピーカーでその空気感を再現しようとしている。 それは単なる音響機器ではない。 音の記憶を呼び戻す器であり、構えの装置である。

F801、F613ナチュラル、LITTLE BEL── それぞれが異なる「音の立ち上がり方」を持っている。 そしてその背後には、中島さんという信頼の存在、 そして田口さんの思想の継承がある。

私はこのスピーカーたちを、大切なパートナーとして、 今は事務所に、そして将来は新居のリビングと仕事場に迎える予定だ。 それは、サウサリートのヨットと対話し続けるための環境設計でもある。


第3章|音と問いが共鳴する空間へ

この音が私にもたらしているのは、「良い音」ではない。 それは、言葉になる前の気配を整える空間であり、 問いが生まれてくる前の静寂の準備運動なのだ。

クラシック音楽が自然に入り込んでくる。 思索が苦もなく始まり、対話が自ずと立ち上がっていく。 これは、音が“意味”を超えて、“構え”と出会っている瞬間なのだろう。

音は選んでいるようで、選ばれている。 言葉は生み出しているようで、迎え入れている。 そして、そのすべてが、ひとつの「動く静寂」の中で重なっている。


結章|音の起点、問いの起点

私にとって、あのヨットのリビングで聴いた音は、 音楽というよりも生きた空気そのものだった。

そして今、田口スピーカーと共にその空気をもう一度迎え入れようとしている。 新しい家にその響きを置くということは、 かつて出会った冒険の記憶を、自分の生活の中に編み込むことなのだ。

音は旅する。 そして、私の問いもまた、あの海の向こうから届いてくるような気がしている。

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