2025年6月
文・構成:K.Kato × ChatGPT
協働ロボットを導入する──。
その言葉の裏に、かつての製造業では想像もつかなかった風景が広がりつつある。
私が関わっているニッシンでのプロジェクトは、その象徴的な場のひとつだ。
そこでは、単なるロボットの“導入”ではなく、現場の作業者と技術が自然にかかわり合う設計、
そして人と機械の対話を支える、新たな道具立ての整備という、次の構えが始まっている。
技術は、単独で導入されるのではない。
現場の知恵と結びつき、ようやく意味を持つ。
だから私たちは、それを「内製化」と呼んでいる。
10年近く、あるいはそれ以上にわたってロボット分野に挑み続けてきた仲間たちがいる。
彼らは大資本を背景にしてはいないが、日本ならではの現場と丁寧に向き合い、
協働ロボットという新しい可能性を静かに切り拓いてきた。
だがいま、彼らの前には共通の問いが立ち現れている。
──この先、どこへ向かえばいいのか?
量産では海外に勝てない。プラットフォーム競争では資本に飲み込まれる。
それでも、日本にしかない現場と、共につくる思想が、まだ生きている。
だから私は考える。
このままでは見えない“出口”を、むしろ再編集の入口に変えることはできないかと。
その鍵こそが、「国産ロボット × 内製化 × 現場共創モデル」なのだ。
しかもそれは、単なる事業モデルにとどまらない。
ある種、これはワンピースの世界にも似ている。
それぞれが独自の航路を持ち、技術を磨き、孤独に海を渡ってきた。
だが今、志を共有する者たちが、同盟を組みはじめている。
──技術のためではない。
──互いの人生に意味を与えるために。
スタートアップたちの“出口”は、創業者たちにとってのセカンドハーフの入口でもある。
事業の終わりが、構えなおしの始まりになる。
そしてそこには、かつて見えなかった問いが顔を出す。
「自分たちが築いてきた技術を、誰に、どう託すのか?」
私たちが今つくっているのは、単なるロボットではない。
問いが連鎖する、開かれた現場であり、
人生がつながるための、構えの共同体である。
それが、日本の製造業が再び世界と向き合うための、
そして、人生の後半戦にもう一度「冒険」を始めるための、
ひとつの形なのだと思う。