冬の朝、時空を越えて──縁起という織物

2025年12月12日、冬の晴天。八王子南の高台から街々と田畑を見下ろす。千年前から変わらぬ地形。平安時代からの神社に手を合わせ、「凪であることの御礼」を伝える。

朝の日課、発句経との出会い。今朝は【八三】──「高尚な人々は、どこにいても、執著することが無い」。執着とは、対象そのものより「それに向かって動き出す心の癖」に宿る。動じない心とは、感情を抑圧することではなく、心の中心に静けさを保つ技である。

KDFCから流れる音楽。マスネの19世紀フランス、ヴィラ=ロボスの20世紀ブラジル。そしてスティルのエンナンガ──アフリカの弓型ハープが、一瞬、琴のように響いた。この場所にいながらにして、時空を越えることができる。

25年前、35歳で起業した。「行く場所がない、という自由」から始まった旅。シリコンバレーで学んだのは、成功の定義だった。「使って楽しむこと。仲間と料理して、笑って、語って、それが幸せなんだ」──NS氏のキッチンで、気づいた。これ、日本でもできるじゃないか。

青い鳥は、ずっとここにいた。

今、相模原で「上の宇宙クインテット」という文化の萌芽が立ち上がりつつある。文化は周縁から始まる。余白のある土地に、心の振動が起きたとき、小さな芽は静かに根づく。

偶然です、が必然です、縁起ですから。

冬の朝の澄んだ空気の中で、朝日を浴びながら思う。今日も素敵な縁があると。執着せず、動じず、しかし開いている。その在り方が、縁を招き入れる。

凪であることの幸せ。それは、今ここにあった。

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