未来のレジリエンスを実装するという夢

最近、自分の中で描いている「Big Picture」が、若い頃とはまったく違う姿をしていることに気づいている。以前は、どんな事業を成功させるか、どんな成果を手にするかという構図が中心だった。しかし今見えているのは、人類がこれからも直面し続ける揺らぎを前提に、それでも折れずに立ち続けられる世界の姿だ。地震や気候変動といった天災だけでなく、人間の欲望や無明から生まれる人災も含めた、不確実な時代に耐えうる社会の構図――つまりレジリエンスを内側に備えた未来の絵である。

その絵は、強さよりもしなやかさを基調にしている。効率より余白、集中より分散、競争より関係性。壊れないことを目指すのではなく、壊れても立ち直れることを前提にした構造だ。完璧なシステムを築くのではなく、不完全さを受け入れながらも回復できる力を社会の中に編み込んでいく。そうした世界像を、事業や場づくりという具体的な試みを通じて少しずつ実装していく。それが、いまDO TANKで取り組んでいることでもある。

このBig Pictureは、描けないほど大きいわけではない。むしろ、いまだからこそ、はっきりと描くことができる。ただ、その構図を実行し、社会の中に根づかせ、目に見える結果として結実させるには、自分に残された時間は明らかに足りない。若い頃なら、それは焦りや無力感につながったかもしれない。しかしいま感じているのは、まったく別の感覚だ。巨大なテーマに正面から向き合えているという、静かで深い充実感である。

なぜそう感じられるのか。それは、このBig Pictureを描くという行為が、単なる構想の完成を目指すものではないからだ。その根底にあるのは、仏教で説かれる真実を見る目――無明を超えて、ものごとをありのままに観る力を養うという、もっと本質的な営みである。人間の欲望や執着、そこから生まれる争いや破壊。それらを否定するのではなく、まずその実相を直視する。社会の揺らぎも、自分自身の内なる揺らぎも、すべて見つめる。真実を見る目を養うとは、そうした厳しさと誠実さを伴う修練だ。

そのことを、私は小布施の岩松院で実感した。そこには晩年の葛飾北斎が描いた天井画がある。八十代後半の老画家が見上げる者を圧倒する鳳凰を描き切った、あの筆致。北斎は七十歳を過ぎてなお「七十年前の画は取るに足らず」と語り、九十歳まで生きられればもっと本質に近づけると言い続けた。すべてを描き尽くせるとは思っていなかっただろう。それでも筆を置かなかったのは、完成させるためではなく、真実に近づき続けることそのものに価値があったからではないか。

さらに印象深かったのは、その絵を未来へ手渡そうとする現代の営みだった。私の友人である起業家が、最新のテクノロジーを用いて北斎の天井画を精密にデジタル化し、浜松の企業の印刷技術によってレプリカを制作した。風化していく芸術作品を恐れ、その本質を次世代に繋ごうとする彼らの志。それはまさに、壊れゆくものを前提に、それでも何かを手渡していくという、私が思い描くレジリエンスそのものだった。

小布施という街には、いまも何か余韻が残っている。北斎を迎え入れた高井鴻山との縁、そこに根づいた精神性。そして現代においても、技術と志を持った人々が時を超えて何かを繋いでいく。その連なりの中に、自分もまた立っていることを感じた。

いまの自分も同じだ。描くべき未来の絵は見えている。だが、そのすべてを実現し、結果を見届けることはできないかもしれない。それでも構わない。一つひとつの試みは、そのBig Pictureの断片にすぎなくても、未来のどこかで人や社会の回復力を支える一部になるだろう。

描き、実行し、そして次に手渡していく。手渡すのは、絵だけではない。その絵を描くために必要な「見る目」そのものだ。真実を直視する勇気と、それでもなお希望を失わない柔軟さ。そうした在り方を、言葉ではなく実践を通じて伝えていく。その歩みの中にこそ、いまの自分が感じている豊かさがある。

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