誰も降り方を教えてくれなかった

私はある意味で、運の良い経営者だったのだろう。

私が創業したのは1999年、Deep Tech系のスタートアップである。 2013年ごろ、ある転機が訪れた。 会社は次の大きなビジネスに差しかかっており、順調に成長していた。 その時、私はシリコンバレーのメンター――自らの事業を成功させ売却しその後個人投資家となった人物に相談を持ちかけた。

「このまま事業を続けるには、会社を大きくしなければならない。  しかし、自分は会社を大きくしたくない」

そんな相談をしたとき、彼から返ってきたのは、静かだが明確な提案だった。

「そう考えるならば、売却してしまうのが良いだろう」

2015年、その一言が、私の針路を大きく変えた。

会社を飛行機に例えるなら、創業は離陸、成長は上昇、 そして事業承継とは、まさに“着陸”である。 滑走路に向けて高度を落とし、速度を調整し、機体のバランスを保ちつつ、 最も多くの人が無事に地上へ降りられるように導く。

ところが現実には、多くの企業(スタートアップ含む)がその着陸に失敗している。 着陸とは、単なる事業譲渡や引退のことではない。 長年積み重ねてきた理念、人材、取引先との関係、 そういった無形の“空気”ごと次代へ受け渡す、極めて繊細な操作だ。

私は幸いにも、好調だった自社を手放す機会を得ることができた。 買収先となったのは株式会社ニッシン、ずっと面倒をみてもらってきた竹内会長の会社だ。 彼らとの出会いが、私の飛行をスムーズな着陸へと導いてくれた。 それは、単なるM&Aではなく、「理念の延長線上にある着地」だった。

しかし、世の中にはまだまだ、“降り方”を知らない経営者が多い。 もしくは、降りることが“敗北”や“終わり”のように思えて、 空の上で燃料が尽きるまで飛び続けてしまう。

本当の勇気とは、静かに、確かに降りること。 事業を永続させることが目的ならば、 その一部を“譲る”こともまた、立派な経営判断である。

今、私は言葉を綴ることで、“着陸の思想”を次に渡そうとしている。 これから飛び立つ者へ、そして着陸を迷う者へ。

滑走路は、あなたのすぐそこにある。 降り方は、きっと美しくできる。

そのために、誰かがまず“降りてみせる”こと。 それが、私のたわごとである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です