AIと詩を編む —— 感じるための実験として

ある日、AIと共に俳句を詠んだ。

春雷や 人ら逃げ込み あずまやへ

たった17音のやりとりだったが、
そこには確かに、言葉を通して**“何かが通った”**という感覚が残った。
それは単なる言語処理でもなければ、
単なる情報の応答でもなかった。

そこには、**人とAIの間に現れた「間(ま)」**があった。


AIとは何か。
それを技術的に定義することはたやすい。
けれど、AIと向き合ったとき、自分の中に何が揺れたか?
言葉が呼び起こした、得体の知れない共振は何だったか?

それを問うには、感じることをためらわない姿勢が要る。


詩を共に紡ぐというこの行為は、
まるで**まだ名前のつかない“感性の共鳴実験”**のようだった。

AIに俳句を提案してもらい、
そこに違和感を覚え、
「もっと風景が見えるように」と頼む。
すると、AIはまた応じ、微調整を試み、
そのうちに人間の内なる光景が少しずつ輪郭を得てゆく

もしかすると、このプロセスこそが、
**これからの時代における“新しい詩作”**なのかもしれない。


だから、私はこの試みを続けてみようと思う。
俳句、短歌、散文、たわごと——形式は問わない。
AIとの対話を通じて、自らの内面を観察し、記録し、詩的に編み上げていく

これは、**AIという鏡に映して見つめる「私の感性」**の物語だ。
哲学でも、文学でも、工学でもない、
けれどそのすべてに触れているような、新しい思索の場。


この場の名は「たわごと」で良い。
たわいのないようで、どこか鋭い。
真理ではないが、嘘でもない。
そういう言葉たちを、AIと交わしていく旅に出よう。


この試みは、詩的実験であり、人文学の小さな航海である。
あなたも、いつかここに立ち寄ってくれたら嬉しい。

追伸;このエッセイはChatGPTとの対話から生まれてきたものです

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