2025年6月29日、山梨県立大学の飯田キャンパス。
梅雨の晴れ間、やや湿気を帯びた空気の中、私は客員教授として初めてこの場に立った。
この日は「アイデア共創実践」という授業の初回。
ただのアイデアソンでも、よくある起業教育でもない。
明確な目的を持ってこの場は設計されていた。
主導するのは、Mt. Fujiイノベーションエンジン代表理事の戸田達昭さん。
彼は1983年生まれの41歳。山梨大学大学院在学中に、県内初の学生起業家として起業。
その後はバイオベンチャー「シナプテック」を皮切りに、これまで25社以上の企業経営に携わってきた稀有な存在である。
だが、彼の真骨頂は「一人で成功すること」ではない。
若者に構えを伝えること、その“場”をつくることにこそある。
彼が主宰するMt. Fujiイノベーションキャンプは、過去10年以上にわたり、100件を超える起業や事業創出を支えてきた。
この授業も、そうした実践知の延長線上にある。
この日、教室には高校生7名と大学生16名、計5チーム23名が集った。
彼らは緊張の面持ちで席につきながらも、どこか楽しげだった。
最初のオリエンテーションでは、「自分が何者か」を問うワークから始まった。
答えはもちろん出ない。でも、いいのだ。それでいい。
むしろ、その曖昧さと向き合うことこそが、この場の真価である。
午後になると、空気が変わった。
各チームが一斉に壁に向かって付箋を貼り始め、熱のある議論が飛び交う。
「自分が本当にやりたいことは何か」
「なぜそれを“やる”のか、誰とやるのか」
問いはすべて、外から与えられたものではない。
彼らの内側から、静かに、しかし確かに湧き出していた。
私自身は「メンター」という立場で各グループを回っていたが、
そのたびに“教える”というよりも、“触発される”ことの連続だった。
ある高校生は、自身の病気体験をもとに医療支援アプリのアイデアを語り、
ある大学生は、過疎地の交通問題をテーマに、自分の祖母の話から切り出した。
単なる「ビジネスプラン」ではなく、人生そのものが立ち上がるような語りが、至るところで生まれていた。
そんな瞬間に出会うと、私は戸田さんの横顔を思い出す。
彼は、起業家である前に、場を生む編集者であり、問いを灯す火種のような人だ。
今回も彼の存在が空気を変えていた。肩書きで指導するのではなく、構えで導いている。
最後に、私は思う。
この授業は、教えるための時間ではなく、「ともに立つ」ための場なのだと。
2週間後、学生たちは再びこのキャンパスに戻ってくる。
その間に、彼らの中でどんな発酵が起きるのか。どんな行動が芽吹くのか。
プレゼンテーションという「答え」に出会うことよりも、
問いが深化していくプロセスこそが、この授業の本質なのだ。
私たちは、Mt. Fujiのふもとで、小さな“構え”が生まれる瞬間に立ち会っている。
それは、きっと社会を少しだけ変える原動力になるだろう。