2025年6月13日。長野は梅雨の合間の晴れ間だった。
いつものように高専を訪れ、山田先生と向き合う。もう、何度目の訪問になるのだろう。
最初に出会ったのは、2021年、相模原の青山学院大学で開かれた応用物理学会のポスターセッション。
コロナ禍で来場者もまばらだったその場で、若い研究者が一枚のポスターの前に静かに立っていた。
その姿はどこか学生のようで、思わず「学生さんですか?」と声をかけてしまった。
だが、そこから始まった会話は、今もなお続いている。
あのとき山田先生が発表していたのは、大気圧プラズマを用いたプロセス技術の研究だった。
ちょうど私たちも同様の技術に取り組んでいたこともあり、すぐに話は弾んだ。
だが、今日改めて思うのは、共鳴していたのは技術だけではなく、「見えないものに向き合う姿勢」だったのではないかということだ。
今日の議論は、まさにそこに踏み込んだ。
テーマは「AIによるプラズマプロセスのブラックボックス解析」──といえば聞こえは難しそうだが、実際にはとても素朴な問いだ。
「測れないものを、どう理解するか?」
大気圧プラズマは、真空プラズマに比べて格段に観測が難しい。
反応場の密度勾配も速く、ラジカルの寿命も短く、センサーは機能しにくい。
得られるのは限られた入力条件と、加工後の表面の状態だけ。
その間で、何が起きているのか──ブラックボックスを前に、私たちはいつも立ちすくむ。
だが、山田先生はこう言った。
「限られたデータと、体感のある研究者の洞察があれば、ブラックボックスも“手がかりの空間”になりますよね。」
私は思わず頷いていた。
山田先生は、筑波大学で博士号を取得されている。
産総研での実験を通じて、プラズマが血液のたんぱく質にどう作用し、止血を促すのか──
その不可視のメカニズムを、プラズマ側から、そして生体反応側からも解析するという二重のブラックボックスに挑んできた。
つまり、山田先生にとって「測れないもの」と向き合うことは、すでに研究者としての構えになっていたのだ。
今日の対話で、その構えが私にも染み渡ってくるのを感じた。
AIの活用とは、結局のところ「問いを設計し直すこと」なのかもしれない。
多くのデータがあるときだけではない。
むしろ、データが限られている状況だからこそ、洞察と直感が問われ、AIは仮説を補助する“伴走者”となる。
ブラックボックスを白く塗るのではなく、その影の輪郭をなぞるようにして、次の問いを浮かび上がらせる。
今日の山田先生とのやりとりは、まさにその実践だった。
長野の空気はまだ冷たく、緑が深い。
帰りの車の中で、ふと、こう思った。
私たちは“見えないもの”の中にこそ、次の技術の種を見つけていくのかもしれない。
それを可能にするのは、限られたデータではなく、“構えのある問い”なのだと。
この対話は続く。
そして私は、次に山田先生と話す時も、問いを携えて高専を訪れるだろう。
データの向こうにある、“まだ見ぬ問い”に出会うために。