縁を育てる

東北大学の先生との出会いから

2026年3月28日 加藤聖隆

今年の1月末、Nanotech Japanの会場で帰路に着こうとしたとき、ブースから声をかけてくれた人がいた。東北大学の小俣先生だった。年齢は私と同じくらい、40年の研究者キャリアを持つベテランで、しかし気さくで、その場でいつの間にか深い話になっていた。衝動のまま、オンラインでの対話をお願いした。それが昨日、実現した。

対話は、予想を超えるものだった。先生の思考は直球を返さない。横に投げ、曲げ、予期しない角度から戻ってくる。「論文はアーティクル、つまりアートだ」という言葉が、まだ頭の中で鳴っている。境界条件の外に出る直感こそ人間の仕事だ、感を磨くことでしかAIには勝てない——そういう話を、静かな確信とともに語る人だった。

縁とは何だろうと、翌朝考えた。

つかむものでも、作るものでもない。気づいて、水をやり続けるものだと思う。ナノテク展の帰り道に足を止めたのも、オンラインを依頼したのも、その水やりだった。縁は向こうからやってくるが、育つかどうかは、こちらの姿勢にかかっている。

61歳になって、ようやくそれが腑に落ちてきた。若い頃は縁を「使う」方向に引力が働く。事業のため、人脈のため、成果のため。しかし今は違う。縁そのものを育てることに、純粋に意味を感じている。火を起こすのではなく、消えないようにそばにいる——焚き火の番人のような役割が、今の自分には似合っている気がする。

宇宙、看護、インフラ、若者の育成。小俣先生と交わしたテーマは多岐にわたったが、共通していたのは「一緒に育てていく」という姿勢だった。先生も同じ感覚を持っていた。だから縁を感じた。

縁を育てること。それが今の私の役割だと、昨日の対話が教えてくれた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です