昨夜、相模原のKANAGAWA Space Villageで開かれたイブニングサロンに足を運んだ。会場に入った瞬間、その空気がわかった。参加者は年配者ばかりで、場全体が主催者である会長への忖度に満ちていた。まさに「昭和」だった。
会長は悪人ではない。むしろ、30年以上にわたって地域産業のために走り続けてきた人物だ。「次の世代にバトンを渡したい」という言葉も持っている。ところが、彼が「周りを思う」姿勢を前に出せば出すほど、周囲は思考を止めて配慮へと向かう。善意が罠になる。この構造に本人は気づかない。それがいちばん深い問題だ。
思えば、間を感じ取れなくなった場は必ず同じ死に方をする。語りたいことが先走り、沈黙が消え、若い人間が一度来て二度と戻らない。場を「守る」という意志が、場を「閉じる」力に変わる。私自身も、その罠の入り口に片足を踏み入れた瞬間がある。感じ取れなくなったときが、その瞬間だ。
しかし昨夜の収穫は、プログラムの外にあった。25年ぶりに再会した昭和真空の小俣会長は、変わらず心温かい紳士だった。「やまちゃんにもよろしく」——別れ際のその一言に、長い時間と信頼が凝縮されていた。JAXAの津田副所長とは宇宙と民間企業の連携について具体的な対話ができ、Cube Satを介したアカデミアとの段階的な接点づくりという道筋が見えてきた。金澤さん、中須賀先生、坂本先生——すでに手元にある縁が、静かに次の形へと動こうとしている。
表向きはKSVコーディネータとしての動きだが、実態は加藤という個人の蓄積が動かしている。肩書きは縁の通行証に過ぎない。縁そのものは、制度の中ではなく、人と人の間に宿る。
ダメな場に行くほど、自分の縁の質が見える。それが昨夜の、静かな確認だった。

