ダンベルと対話する朝

トレーニングルームに入った瞬間、身体が何かを言っている。今日は重いものを求めているか、それとも軽く丁寧に動きたいか。その声を聞くことから、私のトレーニングは始まる。これは運動ではなく、心身との対話だ。

14kgのダンベルが使われていれば12kgで、それもなければ10kgで。これは妥協ではない。その朝の縁に従っているだけだ。マシンの空き、身体の状態、その日の気配——すべてが絡み合って、今日のセッションという場が立ち現れる。計画が場を作るのではなく、場が今日の動きを教えてくれる。縁起とはこういうことかもしれない。

荷重を追うことをやめた頃から、別の何かが見えてきた。レッグプレスを99kgから81kgに落とし、縮める動作をゆっくりにした。するとむしろ筋肉との対話が深くなった。ラットプルダウンで肩甲骨を下げる軌道を意識した瞬間、背中の応答がまるで変わる。数字ではなく、感覚が教師になった。

右肩から首にかけての痛みが、水泳の右呼吸の偏りと、ローイングの左右差と、一本の糸でつながって見えてきたのも、この対話の積み重ねの中でのことだ。身体はずっと語っていた。心がそれを聞く準備をしていなかっただけで。

心身との対話に答えはない。ただ、今日の自分がダンベルの重さの中に浮かび上がってくる。その一瞬一瞬の応答が、生きているということだと思っている。

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