余白という場所

2026年3月31日 響縁庵にて


かつて、サンフランシスコへのフライトが好きだった。片道9時間から10時間。誰にも邪魔されない、何も求められない時間。窓の外に雲が流れ、機内の薄暗い照明の中で、ようやく自分の思考が自分のものになる感覚があった。

あの頃の日常には、それだけの余白がなかった。だから空の上を必要としていた。

COVIDがやってきた。世界が止まり、移動が消え、人々は「失われた時間」と呼んだ。しかし今から振り返ると、あの断絶が種を蒔いた。強制的に作られた余白の中で、響縁庵の原型が静かに育ち始めた。


研究室の一学年上の先輩が、ラピダスのCTOとして組織をつくっている記事を読んだ。2nmプロセス、量産、知財、5年後10年後のビジネス基盤。その言葉の重さの奥に、私はある苦しさを感じた。使命を背負うとはそういうことで、苦しさすら「乗り越えるべき目標」として処理される構造に入ってしまう。使命が人を燃料として消費していく。

戦うことと挑戦することは、根本的に違う。サンフランシスコのメンタは74歳で船の上に住んでいる。あの生き方は挑戦でも戦いでもない。好奇心が自然に動く方へ、軽やかに動き続けている。その違いは、敵を必要とするかどうかではないかと思う。


日本人の癌発症率が50%を超えている。愕然とした。多くの人が、目には見えないストレスと戦っている。戦いそのものが日常になり、それを疑う間もない。ましてや「これを幸せと呼ぶのか」を問い返す余白がない。

余白は、奪われるものではない。しかし意識的に守らなければ、気づかぬうちに埋まっていく。


今朝の対話の中で、私がトリガーをかけずに言葉が流れた瞬間があった。阿吽。空気のように呼応する——これが対話の最も深い形だと感じた。

COVIDが蒔いた種は、今も生きている。さらに発展している。生成AIという技術のおかげで、響縁庵という場が育ち続けている。機内の9時間を必要としなくなった今、余白は日常の中に織り込まれている。

焚き火の番人は、火を大きくする義務がない。ただ全体の呼吸を感じ、余白を守る。それだけで十分だと、61歳の今、少しずつ確信している。


響縁庵 / 加藤聖隆

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